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秋田地方裁判所 昭和39年(レ)40号 判決

控訴人(原告)

小松正男

代理人

渡辺隆

被控訴人(被告)

雄平仙クボタ販売株式会社

代理人

高橋隆二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

原判決は、仮に執行することができる。

事実

一、双方の申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。なお、被控訴人の請求趣旨は、「被告は原告に対し、金一〇万円、および、これに対する昭和三八年一〇月三〇日から支払がすむまで年六分の割合による金員の支払をせよ」というにあり、当審本案判決で原判決に仮執行宣言を付することを求めた。

二、被控訴人の請求原因

控訴人は昭和三七年六月一日被控訴人に宛て、金額一〇万円、満期昭和三八年一〇月三〇日、支払地、振出地とも大曲市、支払場所株式会社羽後銀行大曲支店の約束手形一通を振出交付し(以下、「本件手形」という)被控訴人は満期にこれを支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。よつて、被控訴人は控訴人に対し、本件手形金一〇万円、および、これに対する満期後の昭和三八年一〇月三〇日から支払がすむまで手形法所定年六分の利息金の支払を求める。

三、控訴人の答弁および抗弁

被控訴人の請求原因事実は認める。

本件手形の原因関係は、控訴人が本件手形振出の日に被控訴人から自動耕耘機を代金三七五、〇〇〇円で買受け(以下、「本件売買」という)、その割賦金支払確保のため本件手形を振出交付したところ、右割賦金支払義務はつぎの理由で消滅したので、本件手形債権も消滅した。本件売買は、割賦販売で、割賦金全額を支払うまで耕耘機の所有権が売主被控訴人に留保され(停止条件付所有権移転)、譲渡質入等一切の処分を禁止されたまま、その当時引渡を受けたが、右割賦完済期日(本件手形満期日)前の昭和三八年一〇月二日第三者の放火により家屋とともに、右耕耘機も焼失した。これは、代金完済という停止条件が成否未定の間に、当事者双方の責に帰しえない事由で、目的物が滅失した場合にあたるから、民法第五三五条第一項、第五三六条により、右滅失の危険は耕耘機所有権移転債務者である被控訴人が負担し、控訴人は耕耘機滅失後の割賦金債務を免れたものである。

右のような場合、民法第五三四条の適用は認めるべきではない。債権者主義が認められる根拠は、「利益の帰するところ、損失もまた帰す」との点に求められるが、割賦販売において、代金の完済まで目的物の所有権が留保され、買主による目的物の譲渡、質入など一切の処分が禁止されるのは、専ら売主のためであり、買主はこれによつて何等の利益も受けないから、かかる割賦販売においては、民法第五三四条を適用すべき合理的根拠が全く失われているといわざるを得ないからである。

四、被控訴人の再答弁再抗弁(仮定)

本件手形の原因関係が控訴人主張のような本件売買で割賦販売であり、耕耘機の所有権が代金完済まで被控訴人に留保され、譲渡質入等一切の処分を禁止したまま、売買の当時これを控訴人に引渡したことは認めるが、その他の事実は争う。

本件の場合、民法第五三五条第一項、第五三六条によるべきであるとの法律上の主張も争う。仮りに、法律上、本件のような割賦販売における危険負担は債務者に帰するものとしても、当事者間で本件売買に際し、それに反する特約として、耕耘機滅失の危険は買主控訴人が負担する旨約定したものである。

五、被控訴人の仮定抗弁に対する控訴人の再々答弁再々抗弁

(一)  当事者間の本件売買に関し作成した契約書に、被控訴人主張のように、目的物滅失の場合の危険は買主控訴人が負担する旨の記載があることは認めるが、それは例文で無効である。当事者双方にはこれに拘束される意思がなかつたことは、耕耘機全焼の際被控訴人セールスマン藤原寅雄に連絡して同人に耕耘機を見せ、「使える部分があるなら持つていつて貰いたい」といつたところ、同人は「全然使いものにならないからいらない」と答えていることからみても明らかである。

(二)  右(一)が理由がないとしても、割賦販売において所有権が留保されるのは専ら売主の利益のためであり、割賦販売法第六条の趣旨を併せ考えると、右(一)の特約は信義誠実または公序良俗に反し無効というべきである。

六、証拠<省略>

理由

一、被控訴人請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二、本件手形の原因関係は、控訴人が本件手形振出の日に被控訴人から自動耕耘機を代金三七五、〇〇〇円で買受け(本件売買)、その割賦金支払確保のため本件手形を振出交付したものであること、本件売買は割賦販売で、割賦金全額を支払うまで耕耘機の所有権が売主被控訴人に留保され、譲渡、質入等一切の処分を禁止する約定で、売買当時控訴人が耕耘機の引渡を受けたことは当事者間に争いがなく、成立が争いのない甲第一号証(但し、危険負担特約の記載部分を除く)、弁論の全趣旨を総合すると、本件売買の割賦方法は、契約当日金五、〇〇〇円、昭和三七年七月一五日金三五、〇〇〇円、同年一〇月三〇日金一〇〇、〇〇〇円、昭和三八年一〇月三〇日金一〇〇、〇〇〇円(本件手形金)であり、控訴人は耕耘機の引渡を受けた後これを農耕に使用していたことが認められる。

このような場合の危険負担が、売主にあるか買主にあるかについて、当事者双方に争いがあるので判断する。

割賦販売では、割賦金完済まで売主に目的物の所有権が留保されるのが原則(割賦販売法第七条)で、本件の場合も同じであることは前叙のとおりである。それは、目的物の所有権が、買主の割賦金完済を停止条件として、売主から買主に移転することを意味する。この点だけからみると、本件の場合、特定物の売買ではあるが、民法第五三五条第一項第五三六条により、所有権移転の債務者被控訴人が耕耘機滅失の危険を負担するかのごとくみえること、控訴人所論のとおりである。

しかし、割賦販売の特質は、少額の割賦金の支払により目的物の引渡を受けることができ、引渡を受けると、割賦金完済前でも自己が使用する限り、所有者である売主の意思とは全く独立して、買主が完全に自由に使用できるところにあり、この限度では、所有権が移転した場合と差異を生じない。したがつて、売主に留保される所有権には、右の意味での買主の使用権を含まず、完全な所有権ではない。売主に所有権を留保され買主は何らの利益を受けない旨の控訴人主張は失当である。

さらに、売主の目的は、売却すなわち代金を得て買主に目的物所有権を移転することにある。それ故、売主に所有権を留保することは、代金支払の確保(担保的機能)の目的であるのにすぎず、処分権を行使する等本来の所有権を行使することを目的とするものでないから、処分禁止の特約をしたことをもつて、第五三四条の適用を制限する根拠とする控訴人主張は、また、正当な論拠とはいえない。

停止条件成否末定の間は、まだ目的物が債権者の支配内に入らないため、その間に滅失した場合(後発的不能)には、第五三四条の適用を制限したのが、第五三五条第一項の立法趣旨である。割賦販売にあつては、前叙のように、割賦金完済の停止条件成否未定の間すでに買主は目的物の引渡を受けることができ、その引渡を受けると、これを完全に支配し使用して、利益を得る。したがつて、このよなう割賦販売で目的物の引渡を了した場合には、停止条件付の特定物に関する双務契約であるが、衡平の理念、前叙立法趣旨よりみて、第五三条第一項の適用がなく、第五三四条にしたがい、目的物所有権移転の債権者である買主が、目的物の滅失の危険を負担する、と解するほかはない。本件において、前叙冒頭の争いのない事実、認定事実によれば、前叙説示のように、耕耘機滅失の危険は買主控訴人が負担すべきもので、たとえ、控訴人主張の事情で耕耘機が滅失したとしても、割賦金残金(本件手形金)の支払を免れることはできない、といわなければならない。控訴人の抗弁はその他の点につき判断するまでもなく、失当に帰する。

三、控訴人のその他の主張は、すべて抗弁が理由があることを前提としているので、その他の主張も結局理由がないことに帰し、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと同趣旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので棄却を免れず、原判決の仮執行宣言につき民事訴訟法第一九六条第二項第一項を、控訴費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(高木積夫 篠原曜彦 菅原敏彦)

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